胡 建明 著  ― 圭峯宗密思想の綜合的研究 ―
横浜善光寺留学僧育英会の第12回生である、胡建明先生が「中国宋代禅林高僧墨蹟の研究」に続き、春秋社より新たに 「圭峯宗密思想の綜合的研究」を出版されました.。

圭峯宗密思想の綜合的研究


 2012年06月29日発行
  A5
  720頁

 定価(本体26000円+税)

 著者© 胡建明

 発行所 株式会社春秋社
 〒101-O021東京都千代田区外神田2-18-6
 電話(03)3255-9611 (営業) (03)3255-9614 (編集)
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華厳思想と禅思想との融合のみならず、儒教・仏教・道教の三教思想の統合に大きな役割を果たし、後の朱子・王陽明等の宋明思想にも絶大な影響を与えた中国唐代の仏教者である圭峯宗密の思想の全貌と実践思想を余すところなく論ずる。


 以下「中外日報」よりの抜粋

圭峯宗密の思想について〈鼎談〉

小林圓照氏 吉津宜英氏 胡建明氏

2012年10月16日付 中外日報(論・談)

 華厳宗の第5祖として知られ、また荷沢神会を祖とする中国禅宗の一派・荷沢宗の法系に連なる圭峯宗密(780〜841)の思想の全貌解明を試みた大著『圭峯宗密思想の綜合的研究』(春秋社)が上梓された。
 著者は中国・天童山で出家した中国人僧の胡建明氏。胡氏は来日して駒沢大仏教学部禅学科を卒業し、東京学芸大大学院修士課程を修了後、ドイツ・ハイデルベルク大、東京大、東京芸大、立正大、中国・南京芸術大、同・中国人民大などの大学院で学び、文学博士、哲学博士を取得。現在、駒沢大仏教経済研究所研究員として活躍中。
 出版を機に「中国古代哲学思想史上において、大きな流れを定めた思想家」である宗密への関心が高まることを期待する声が華厳学や中国思想の研究者から上がっている。今なぜ宗密に注目すべきなのか。花園大名誉教授の小林圓照氏、駒沢大教授の吉津宜英氏、著者の胡氏が語り合った。

 〈思想家としての宗密について、胡氏は「中唐以前の儒、釈、道三教の思想を総括して新たな判釈を行った。さらに仏教の理論(教)と実践(禅)との融合一致への方向性を示した画期的な人物」と述べている。小林氏は現代の状況を「宗密を再発見すべき時代」と捉え、宗密の「和諧」(調和)の思想の復活を願う〉

小林】
 宗密は、華厳の流れの中では伝統的に第5祖として存在する。禅では荷沢宗に属する。宗密自身が華厳の学者であると同時に禅者であるという二重の性格を持っている。そのことは必ずしも華厳の方からも、また禅の方からも十分に評価されていない。特に中国、日本において正当な評価を得られていない。
 華厳から言えば、法蔵系統の学問が、どうも宗密あたりから変わったのではないか。禅の方でも、宗密はまっとうな禅の実践者かどうかという視点から批判的に見られている。その意味で宗密を再発見するべき時代に来ているのではないか。
 一般に華厳(華厳宗)とは何かと言われても、なかなか説明が難しい。しかし華厳自体は宗教的な考えに基づいた、和みと調和の世界観を持っている。中国の思想界でも「和諧」の思想が言い出されている。日本は聖徳太子の「和を以て貴しとなす」から始まるとも言えるし、現代的にはお互いに調和していく世界が求められている。
 華厳の思想は8世紀、十分に東アジアに広がった。闘争ではなく調和を求める華厳の思想や世界観がもう一度、復活してもらいたい。現代の思想的、社会的な混乱を克服できるものを華厳思想は持っている。それを引き出すことが華厳思想を研究する者の役目ではないかと思う。
華厳思想が21世紀の生活原理となり、それを皆が了解していく時代が来ることを願っている。こういうときに胡さんがこういう本を出された意味は大きい。

〈吉津氏は大乗仏教の流れを仏・法・僧の三宝になぞらえ、インドにおける「大仏思想」、中国における「大法思想」、日本における「大僧思想」の展開として捉え直し、中国での「大法」の形成に宗密が大きな役割を果たしたことを独自の観点から論じる〉

【吉津】
 私はだいたい三つの観点から考えている。まず大乗仏教の大きな立場から宗密を位置付ける。もう一つは中国宗教史における宗密を考える。3番目は日本で私自身が宗密から何を学ぶかという視点だ。
 まず大乗はインドではマイナーな少数批判者であったが、中国に来てメジャーになった。大乗のインドにおける特色は、「大仏思想」ということで、どの経典でも大きな仏ということを主張した点が目立つ。
 これはバーミアンの石仏に象徴される。彼らはマイナーな人たちだったけれども、大乗だからみんなが仏になれると言い、一切衆生を救済すると言ったものだから、われわれが簡単に発心したぐらいではなれないほどの大仏が出現した。
 釈迦も弥勒も毘盧舎那も、みんな大仏だ。インドの大乗経典においては大仏思想が確立している。それは部派仏教では考えられない、一切衆生を救済するという菩薩のモデルになる仏で、菩薩も大菩薩になれなければいけない。インドの大乗においては大仏がまず成立したことを指摘しておきたい。

 中国に来て大乗はメジャーになった。鳩摩羅什が400年ごろにやってきて、そこへ優秀な人が集まった。儒学は孝を大切にするから、出家を反社会的だと批判した。しかし意外にも儒教の仁の徳、その社会性が大乗の菩薩思想に見られる。外に開かれた、人々の面倒を見ようという社会性が受けたのではないか。
 中国では、仏法僧で言えば「大法」が成立したというのが私の見方で、この大法の形成に果たした宗密の役割が大きい。
 中国は言語体系の違うインドの経典を原則的に全部翻訳し、漢訳大蔵経を作った。これが教の流れとしての仏教だ。それでいわゆる天台教学とか華厳教学ができてくる。極めつけは玄奘三蔵が645年に帰ってきてやった大翻訳である。
 その同じころに禅宗が広がる。教の流れが最大限になった時に宗の流れが燎原の火のごとく燃えようとしていた。教と宗が緊張関係にあったのを、宗密が教禅一致という形で統合した。
 なぜ統合できたかというと、禅は不立文字とか教外別伝と言っていたけれども、たくさん文献を作った。禅の文献がお経に代わるものとしてスートラになった。中国人はすでに仏教という概念をつくっていたから、仏教というセットの中に禅宗の文献も入れれば全部がダルマになる。
 宗密の後は、禅の文献だろうが禅でない伝統的な教の文献だろうが、全部中華大蔵経になってしまう。これを私は「大法の形成」と言う。
 そして、あえて対照的に言わせてもらえば、日本においては「大僧の成立」、宗派仏教だ。南都六宗から宗派ができてきて、みんなお互いに批判しながら今に至っている。日本の仏教は、良い悪いは別として、事実として宗派によって成立している。
 大乗の流れは、インドで大仏、中国で大法、日本で大僧というふうにして成立した。中国の大法の形成において、教禅一致という理論を提供した宗密の果たした役割は非常に大きい。
 次に中国思想史において宗密の役割が大きいのが三教一致論だ。彼は徹底的に儒学をマスターした上で仏教をやっている。インテリゲンチャの士大夫たちに分かる言葉で説明している。
 鮮やかに三教一致を論証しているのが『原人論』で、韓愈のような優れた思想家を相手に批判したから、宗密は無視できない。アメリカでも中国宗教史の研究レベルで最も注目されるのが宗密だ。

〈胡氏は中国人民大の哲学院博士課程で、方立天教授の指導下に宗密研究に取り組んだ。論文執筆に際し日中両国の学者や師友からの多大な学恩に浴したことを後書きに詳細に記している。中国人僧の胡氏が中国思想史上の巨人である宗密をどう評価するかは興味深い。胡氏は「宗密は中国の現代仏教の中にも思想的に生き続けている」という〉

【胡】
 方立天先生から宗密は大事な中国の思想家だから研究せよと言われたが、それだけでなく、今の中国の仏教界にとって、僧侶としての生き方、あるいは思想的な面でも実践の面でも、宗密という人は生き続けていると私は考えている。
 宗密は歴史中の人物として文献学的に研究する対象であるより、現代の中国仏教に思想的に生き続けている。仏教の儀礼的な部分はもちろん、考え方にも宗密的なものが現存していることを感じる。唐代中期の複雑な社会情勢の中で教と禅が生きるべき方向性を宗密が示したことは注目すべきだ。
 中国思想においては仏教、儒教、道教が鼎のように立っている。宗密は三教合一で、融和的で調和的な「和諧」の考え方を持っている。学問が細部化された近代仏教学の現状から見ると、宗密を全体的に見ることは困難な面がある。
 私は留学僧として日本に来て、宗密を論じるためには、総合的な、あるいは複眼的な思考がなくてはならないと思った。唐代の社会的な背景、王朝との関係、宗密自身の華厳思想、禅の思想、仏教者としての頓悟禅の在り方、それら全てに宗密の偉大さがある。宗密は思想家としても幅広く総合的な人物だと思う。



胡 建明
(こ けんめい)


 1965年    中国上海市に生まれる。  1996年 駒澤大学仏教学部禅学科卒業。
 2000年    東京学芸大学大学院教育研究科美術教育専攻修士課程修了。
          ドイツ・ハイデルベルク大学、東京大学、東京芸術大学等の大学院を経て、
          南京芸術学院大学院博士課程卒業。文学博士。
 200?年         中国人民大学哲学院大学院博士課程卒業。哲学博士

主要論文
 ・「清涼澄観の華厳教判一禅思想への受容に注目して」 (東隆眞博士古稀記念論集 『禅の真理と実践』 所収、春秋社、2005年10月)
 ・「初期日本曹洞宗における頂相の研究一道元から紹瑾までを中心として」 (『鹿島美術研究年報 第十九号』 所収、2002年11月)
 ・「墨蹟『流れ圓悟』に関する一考察」 (相川鐵崖古稀記念 『書学論文集』 所収、木耳社、2007年9月)
 ・「北宋詩僧道潜尺牘論考」(中国語)(『中国書法』 所収2005年7月)
 ・「拙庵徳光禅師墨蹟論考」(中国語)(『書法』 所収2005年7月)
 他多数。

主な研究領域は中国哲学、禅宗美術史。

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